一人/一振りだからこそできること ーにっかり青江単騎出陣ー

2年にわたって行われている、にっかり青江の単騎出陣。1年前に大津で観劇したのですが感想をそのまま寝かせてしまったので、先日観劇した東京公演とあわせて、ざっくりとしたお話の内容とか、感じたことをつらつらと書きたいと思います。

 

刀剣乱舞ONLINEにおいて、「旅」とはすなわち「修行」のこと。極(きわめ)になるために必要な過程です。もう公式でネタバレしているからご存じの方も多いと思いますが、今回の単騎出陣は、にっかり青江の修行の旅でした。

 

時間軸としては「三百年」のあと。インスタでお馴染みのご当地ネタで会場を温めてから、まずは「葵咲本紀」には描かれなかった物吉くんのお話が、歌合を彷彿とさせる講談スタイルで語られます。こうやって本編を補完してもらえるの、ほんとにうれしいよね。青江さんの一人語りではあるけれども、そこにはちゃんと物吉くんがいた。そして、旅に出たいと思ったきっかけなんかも語られる。

 

そうそう、旅に出る前、本丸の全振り(この段階で顕現しているのは心覚組までなのかな)に語りかけるんだけど、全部相手が“見える”んだよね。三百年ゾンビなので、最後に挨拶したのが三百年メンバーってことだけで号泣でしたよ……。「仲間が増えるのは、いいことばかりではない」と言う言葉が水心子への語りかけだというのは、「東京心覚」で明かされていましたね。

 

旅をして、現地の人(つまりは我々)と交流を重ね、三百年の出来事を振り返りながら、青江は徐々に自分自身と向き合っていきます。本丸の仲間たちへの愛おしさは執着にも似た思いとなり、彼らを失いたくないという強い願いは、自分自身への不甲斐なさへと繋がってしまう。刀のままでいられたら、彼らは傷つくことがなかったのではないか。彼らを刀のままでいさせることができなかったのは、自分に力がないからではないのか。青江は自問自答を繰り返し、自身の深い部分へと潜り込んでいくーー。

 

ここからは青江というか、荒木さんのお芝居に圧倒されました。青江と一心同体になりながらも、その一方で荒木さん自身をむき出しにして、命を削り、その瞬間をまるごと全部見せてくれるような“抜き身”の姿。お芝居だと分かっていても痛々しいし、目を覆いたくなる。中でも印象的だったのが、青江と、彼が斬ったという幽霊との一人二役。演じ分けとかそういうレベルの話じゃなくて、幽霊がちゃんと別人格として存在しつつも、青江の中にいるものとしての表現だった。一人芝居だから当然と言えば当然なのかもしれないけれど、一挙手一投足から目が離せなくなってしまう。

 

みっともないほどにボロボロになりながら、ようやく青江は自分の中の答えに辿り着き、そして修行を終え、極の姿に。

刀ミュの時系列で誰が先に極になったのかはわからないけれども、アタシたちの時間軸では一番最初に極となったにっかり青江。誰とも声が重なっていない「刀剣乱舞」は優しく澄んでいて、心に突き刺さりました。

 

ラストの曲は、歌合でも歌われた「あなめでたや」。アタシは、この歌が全ての答えだと思っています。だって、「刀剣男士が本丸に増えることは決していいことばかりではない。彼らは刀でいた方が幸せだったのではないか」ーーそんな思いを抱いていた青江が、刀剣男士として生を受けたことを寿ぐ歌を歌っているのだから。刀剣男士が増えることは、いいことばかりではないかもしれない。それでも、生まれてきたことを祝福できるようになったのは、自分自身を形作った物語を受け入れ、後悔も何もかもを背負って進んでいく覚悟ができたからなのかな、と。生きていれば苦しいこともあるけれども、“モノ”のままだとその痛みすら知ることもできず、他の刀剣男士や人々と触れ合うこともままならない。刀剣男士として顕現したからこそ物語を紡ぐこともできたんだ。

この旅を通して、自分が刀剣男士として存在することもやっと許せたのかな、なんて思っています。今の青江なら、きっと心の底から笑うことができるんだろうね。

 

にっかり青江単騎出陣は、己自身と向き合い、葛藤し、受け入れて前に進むという、構造としては至極シンプルな物語でした。だからこそ、刀剣男士としてのにっかり青江と、役者・荒木宏文の両方がむき出しになり、アタシたちは結果としてその心の端っこに触れることができた。これは、一人芝居だからこそできたことであり、一振りしかでてこないからこそのある種の到達点だと思っています。

そんな作品を2年に渡って旅をしながら演じ続ける荒木さんの役者としての胆力には改めて驚かされるし、その背中を見ることができる後輩の役者たちも幸せだよなぁと。

 

ここまで書いておいてなんだけど、何を語ってもほんとに蛇足になってしまうな。だって、青江が全てを語り、歌ってくれているのだから。もし最推しじゃないからと観ていない人がいたら、大千秋楽の配信をぜひ観てほしいです。ネタバレがあったとしても、それ以上の想いを感じ取ることができると思うので。

 

長かった旅も残りわずかとなりました。どうかご無事で最後の地まで辿り着けますように。